美しく暮らしたい

すべてを自らの手で作る暮らし

できることから

ひとつひとつ

「atelier」


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嫁さんのアトリエ。

最近はこの部屋に篭りっきり。
夜中にもミシンの音が聞こえてくる。






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裂けた古布を繕いながら、
どんな小さな端切れも大切に使っている。

やっていることは同じだなぁと思う。 
自宅展にどんな作品が並ぶのか、 自分も楽しみだ。

小林庸子 blog →「縷縷日和」





住 処 14:00 -
「浴 室」
 
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この家の中でもとくに好きな空間かもしれない。
けっこう広くて部屋のようだ。

明るいうちにゆったりと風呂に入ったりすると
ちょっと優雅な気分になるし、とてもリラックスできる。



鏡の下にある木の棚。
これもいくつか出します。
自作の受け金具に加工した古材や流木がつきます。






住 処 22:00 -
「銀 月」

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 剥げているその看板には
「銀月アパートメント」って書いてある。
 ほぼ読めないけど。




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11月の京都の展示会場の近くにある
古い木造アパート。

慌ててカメラを取り出したが、時すでに遅しで日没。
その魅力を写真で伝えきれないのが残念だ。

今にも崩れ落ちそうな壁や床、
狭い狭い共同キッチン、
屋根の上を歩いて渡るトイレ。(本当に)


それでもそこにちゃんと人の暮らしがあるのがいい。




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時が止まっている。
昭和がそのままそこにあった。


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遠くアジアの国のどこかに
迷い込んでしまったようでもあった。


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人の暮らしがそこに無い家はまるで死体のようだ。
人の息遣いは家の息遣い。
ご老体でもこの家はまだ生きている。
血が通っていてかすかにあたたかい。

古風な名前もまた素敵だ。

時に取り残された不思議な空間。
一日でも長く生きて欲しいと切に願う。






住 処 18:53 -
「光と影」

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予期せぬところにほんの一瞬姿を見せる光と影。
家の中で拾う小さな感動。

その出会いはいつも不意に訪れる。

ドアの開き具合、植物の置いた位置等といった
いくつかの偶然から織り成される刹那の奇跡。

家の中のなんでもない場所が
突如スポットライトに照らし出され、
ある一瞬 劇的な光と影の舞台となる。

神出鬼没のその舞台は
そこに観客が居ようが居まいががまるでお構いなく
静かに部屋の片隅で舞台の幕を上げる。


寒くて嫌われがちな冬だけれど
決して悪いことばかりではない。
鋭角に射す柔らかなその光は
それでもやはり冬だけのものなのだ。





住 処 01:59 -
「時計の針」

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打ち棄てられた米軍ハウス。

朽ちた水廻り、植物が這う壁、見たことないほどに波打つ床。
黴と埃と泥に覆われ息をするのも苦しい。

見る人が見たら間違いなく即刻撤去の烙印を押したであろう。
だが幸運にもこの家はそうならなかった。

「貴重な家」 そう感じた人がいた。
このまま眠らせておくわけにはいかない、
まして人知れず消えていくような運命を辿らせるわけにはいかない、
そう考えた人がいた。

そしてその想いが自分達に託された。
廃墟になった米軍ハウスを再生する仕事を頂いた。
もう何年も前のことである。

とても汚かった。ボロボロだった。
だが一目で自分達もわかった。この家は「貴重」だと。
この家の修復をやらせてもらえるなんて幸せだと思った。


古い家の補修を見ていつも気になるのは綺麗にし過ぎてしまうこと。
新築のようにしてしまいその家に刻まれた歴史を消し去ってしまう。
それでは古い家の魅力が削ぎ落とされる。
だからそうならないよう心砕いた。

壁の補修にしても単色で塗りつぶすのではなく
剥がれ堕ちるところだけすべて剥がし
そこに調色に調色を重ねて色を一つ一つ筆で落としていった。
剥げて下地が覗く様もまた美しいので直し過ぎないよう心掛けた。
補修して綺麗に見えすぎる箇所は周りに合わせて汚したりもした。
上手くいけばいくほど自分達の手を入れた痕跡が消えていく。
補修したのではなく元からそうであったかのように見えてくる。
それを目指した。特別なことはしなくていい。
誰も何もしていない、昔からずっとそのまま。
そんな空間にしたかった。

家具や装飾を入れ、扉を変え、合う物が無ければ自ら造り、
そうやって時間を掛けて自分達が納得するまで手を入れ蘇らせていった。


この家と初めて対面した時
美人の面影を残す老婆に出会った時のような感じがしたのを覚えている。
ただどういう経緯があったか知らないがだいぶ草臥れてしまっていた。
自分達のする作業は時計の針を戻しその面影を探ってゆくことだった。

長年閉じられ埃に埋もれたアルバム。
塵を払いページを捲りその写真に目を落とすとそこにはやはり
息をのむほど美しい人の姿があった。









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住 処 21:19 -
「老朽化」
 
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一年前、住んでいた家が「老朽化」のため取り壊された。

本当に、本当にほんの一瞬で家は家でなくなり
すべては「ゴミ」となって運び去られていった。

壊される前日の晩までかかって建具、水廻りのもの、
床板等使えるものは全て自分達で取り外した。
当日も解体屋に協力してもらい屋根瓦や壁板を剥がし保管した。

いよいよショベルカーが入り、徐々に躯体部分が露になると
材の状態がハッキリとわかってくる。
そして改めて寿命なんかでないことを知る。やっぱりなと思った。

「老朽化」―古い建物を壊す時の決まり文句。
切り札的な言葉でもある。
これを出されると何人も責めることはできない。
免罪符のようでもある。
すべて許されてしまうという「ありがたい」言葉。

老朽化。
確かにそれも理由の一つとしてあるかもしれない。
しかしそれはあくまで理由の一つに過ぎず
その最たる理由は他にある場合が少なくない。

うちの場合もお決まりの
「老朽化」「安全のため」という言葉が幾度となく繰り返された。
だが一番肝心なはずの安全性の問題点、
つまりどの部屋のどの部分がなぜ危険なのかという説明は
大家さんからも不動産屋さんからも一切なされなかった。

何度も話し合いを重ねたが話し合いは平行線のまま。
実際の耐久度を調べるような事はとうとう一度も無くコトは為された。

だが自分の持ち物でない以上
語られないよそ様の種々の事情、意向をよそに
自分の意を通し続けることはやはり出来ない。
諦めるよりほかなかった。



ただ、こんなことをいつまでも繰り返していたら
日本人はこの先もずっと幸せになれないと強く思う。

「30年経ったら木造家屋は全くの無価値」
自分には信じ難い価値観だが平然とまかり通ってきたところをみると
世の人々の感覚とそう遠くないのかもしれない。そこに驚く。
自分がごく稀な少数派なのかとずっと不思議に思っていたのだが
それはどうやら日本独特の感覚であるようだ。
それを如実に示す数字がある。

国土交通省によると、住宅取引全体に占める中古の割合は
イギリス8割 アメリカ7割という数字が出ているのに対して
わが日本はなんと1割だそうだ。1割って…

古いものを大切にする文化が育っていないというのは
今さら数字を出すまでもなく明らかだが
まさかここまで差があるとは思ってもみなかった。

日本は多雨で湿度も高いアジアの気候でありまた地震国でもある。
安全性を重視するなら古いものには厳しくならざるをえない。
欧米と単純に比較することは出来ないと言う人もあるかもしれない。

たとえそれでもだ。
この数字が全く動かせないものだとは自分は思わない。
なぜなら壊される理由は他にある場合が少なくないからだ。
それに安全面が家ほど直接的に関係しない家具をみても
最新のものよりも古いものの価値を上とする
欧米人の感覚に対して日本人の価値基準は全く逆だ。
それこそが現状をもたらしている最大の要因であろう。

だが望みが無いわけではない。
造っては壊しを物凄い勢いで繰り返すこの社会を
半ば絶望的にずっと眺めてきたが、人々の感覚や時代の空気に
若干の変化が生じてきていることを近年日々感じる。
10年と遡らないわずか数年前から確実に変わってきた。
多くの人が変わり始めている。世の中を変えようと動き出している。
そこで自分はどう動くのか、真剣に考えたい。

日本は今、大きく舵を切るべき時を迎えていると思う。
すべてにおいてもう一度見つめなおしていくべきだろう。
70年かけて育つ木を30年でゴミにしていたのでは森林は減る一方だ。
査定基準であるとか税金の面でとか古い家の持ち主に対する制度も
もっと変わらなければ現実は動かないだろう。
そしてその全てを動かしていく原動力はやはり
自分達の意識―そこに尽きるのだと思う。



住 処 18:45 -
「愛した家」
 
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今はもう無い家

一年前の今日
ショベルカーが我が家にやって来た
そしてすべて無くなった

まっさらなそこに砂利が敷かれ
車三台分を示すロープがひかれ

なにもない
ただそれだけの場所になった

とても愛した家





住 処 10:52 -
「移 動」

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食卓を移動した。
より陽のあたる窓際へ。
冬の日射しが心地良い。

我が家は築60年の木造家屋。
壁に断熱材は無く窓は全て木枠で隙間だらけ。
夏は灼熱で熱帯夜になると外の方が涼しく
冬は極寒で家の中で吐く息が常に白い。
毎日がちょっとした修行のようだ。
それでもこの古い家が好きなのだから仕方がない。

こんな環境下では家の中でも
「生きてゆく術」というものがある。

この移動もその一つ。
さらに寒くなるとやがてこの場所も打ち捨てられ
狭い一部屋に篭りその部屋だけで暮らすことになる。
なんだか羊飼いのような移動生活。

人生で一番寒いと
嫁いできたばかりの雪国出身の奥さんが震えていた昨冬。

その恐怖が染み付いたせいか
今季は重ね着、ブランケットに家の中での外用ボアブーツ着用等
完全武装で冬を迎えた。

その甲斐あってかこの程度の寒さならまだ全然平気。
うちではストーヴもそんなに焚いていない。

あまり無理をさせ過ぎるのも良くないと思うが
大した工夫も努力もせずに安易な方向に流れるのは好きじゃない。

暖をとる時、車を走らせる時、
自分達が排出するCO2を思いたい。

温暖化の影響で子の生存率が50%以下にまで
落ち込んでいるとも言われる極北のシロクマに思いを馳せたい。
そしていま一度考えたい。

彼らを苦しめてまでも
どうしても必要なものなのかどうかと。



住 処 22:44 -
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