香月泰男
彼のブリキの玩具や動物の彫刻は知っていた。
気になっていて、持っていた小冊子をたまに眺めていた。
だが彼の歩んできた人生など全く知らなかったし、
その名前すら記憶していなかった。
肝心の絵のほうも、恥ずかしながら見たことが無かった。
山口県立美術館の香月泰男展と
山口県の三隅町にある香月泰男美術館に行ってきた。
今年は生誕100年にあたるらしく、
香月を香月たらしめた「シベリアシリーズ」がズラリと並ぶ。
それらは彼のシベリア抑留体験から描かれたもの。
「あの寒さ、あの疲労、あの絶望…」
「忘れたい、忘れられない…」
シベリアの地で幾夜となく夢に見た故郷。
しかし焦がれ続けた故郷の地へ足を踏み入れたその時から、
皮肉にも生涯シベリアの幻影に苛まれ続けることになる。
圧倒的な暗さと重苦しさ。胸がザワつき直視できない。
好きとか嫌いとかそういう言葉で語る類いの絵ではない。
身も心もボロボロにされてしまった人間達の呻き声が漂う。
そこから一転、こんどはガラクタを材料にした、
幼児が作ったような玩具たち。
ニヤリとせずにはいられない、ふざけた彫刻。
(愛をもって敢えてこう呼ばせて頂く)このあまりの落差。
誰が同じ人間によるものだと気付こうか。
だがそれを知った今、
その彫刻はそれまでの見え方とはまるで違う。
日常のなんでもないものにひそむ
「平和的なもの」「幸福的なもの」への香月の眼差し。
それがもう痛い程に伝わってくる。涙が出る。
彫刻達を前に彼は言った。
「つまらぬものでも 私の一生の一瞬を費やして作ったものたちである」
言葉が重い響きをもって迫る。
山口県 三隅町。山陰にある小さな小さな田舎町。
その故郷に寄せた彼の言葉がまた胸を打つ。
「ここが私の空であり、大地だ。
ここで死にたい。
ここの土になりたいと思う。
思い通りの家の、
思い通りの仕事場で絵を描くことが出来る。
それが私の地球である。」
香月泰男
彼を知れたことは大きい。