打ち棄てられた米軍ハウス。
朽ちた水廻り、植物が這う壁、見たことないほどに波打つ床。
黴と埃と泥に覆われ息をするのも苦しい。
見る人が見たら間違いなく即刻撤去の烙印を押したであろう。
だが幸運にもこの家はそうならなかった。
「貴重な家」 そう感じた人がいた。
このまま眠らせておくわけにはいかない、
まして人知れず消えていくような運命を辿らせるわけにはいかない、
そう考えた人がいた。
そしてその想いが自分達に託された。
廃墟になった米軍ハウスを再生する仕事を頂いた。
もう何年も前のことである。
とても汚かった。ボロボロだった。
だが一目で自分達もわかった。この家は「貴重」だと。
この家の修復をやらせてもらえるなんて幸せだと思った。
古い家の補修を見ていつも気になるのは綺麗にし過ぎてしまうこと。
新築のようにしてしまいその家に刻まれた歴史を消し去ってしまう。
それでは古い家の魅力が削ぎ落とされる。
だからそうならないよう心砕いた。
壁の補修にしても単色で塗りつぶすのではなく
剥がれ堕ちるところだけすべて剥がし
そこに調色に調色を重ねて色を一つ一つ筆で落としていった。
剥げて下地が覗く様もまた美しいので直し過ぎないよう心掛けた。
補修して綺麗に見えすぎる箇所は周りに合わせて汚したりもした。
上手くいけばいくほど自分達の手を入れた痕跡が消えていく。
補修したのではなく元からそうであったかのように見えてくる。
それを目指した。特別なことはしなくていい。
誰も何もしていない、昔からずっとそのまま。
そんな空間にしたかった。
家具や装飾を入れ、扉を変え、合う物が無ければ自ら造り、
そうやって時間を掛けて自分達が納得するまで手を入れ蘇らせていった。
この家と初めて対面した時
美人の面影を残す老婆に出会った時のような感じがしたのを覚えている。
ただどういう経緯があったか知らないがだいぶ草臥れてしまっていた。
自分達のする作業は時計の針を戻しその面影を探ってゆくことだった。
長年閉じられ埃に埋もれたアルバム。
塵を払いページを捲りその写真に目を落とすとそこにはやはり
息をのむほど美しい人の姿があった。