美しく暮らしたい

すべてを自らの手で作る暮らし

できることから

ひとつひとつ

「段 畑」

 

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こんなに急な段々畑は初めて見た。

狭いところは畳一畳の幅もない。

急峻な斜面にしがみつき懸命に生きた人間の

凄みのようなものを感じずにはいられなかった。

 

遠くの山から石を背負い、この畑を築いてきたそうだ。

その過酷な往復がいったいどれだけなされてきたのだろう。

江戸、明治の頃は多くの畑が石積みではなかったそうで、雨で土が流された。

決して裕福な集落ではなく、どの家も家族皆で石を必死に積み上げてきたのだとか。

積まれている石が小さいのはそのためだ。

当時の人々にとって石積みの畑は悲願であり「夢」であったそうだ。

 

しかしその「夢」の畑を継ぐ人はもういない。

たとえ継ぎたくても継げない時代なのだ。

 

柑橘をくれたお婆さんや、畑を耕すお爺さん。

この風景に生きた最後の人々の姿

決して忘れない。

 

 

 

 

 

 

- 03:12 -
「朝 桜」

 

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自 然 16:41 -
「大 楠」

 

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「寛ぐ樹(き)だね。」

自分の名前を読んである人がそう言った。

 

樹自体が心地好さそうに陽を浴び、風にそよいでいる姿なのか

あるいはその下で人がもたれて憩う姿なのか…

どちらにせよその言葉の響きと、その人の描く心象がとても素敵だなと思った。

 

 

ある小さな島の静謐な場所に立つ大楠。

枝をいっぱいに拡げてその大きな体が向かう先は、春の長閑な海と空。

巨きなもの包まれる大きなもの。

そこに満ちるのは深い深い安心感。

目指すべきはきっとこういうものなんだと思う。

 

 

 

 

 

 

雑 記 12:19 -
「朝未き」

 

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本当に久しぶりの更新。

文章を読んだり書いたりということから随分と長いあいだ離れていた。

 

 

瀬戸内の海に降り注ぐ光

霞に響く汽笛は新たな時を告げる合図

 

長かった夜がいま明け始めている。

 

 

 

 

 

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雑 記 02:56 -
「未草展 水に纏わる暮らしの道具」 at 水の音

 

 

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{日 時} 2016年9月7日(水)〜 13日(火)
      11:00 〜 18:00 

      <map>
{住 所} 〒981-3214 宮城県仙台市泉区館2-1-115
{問 合} 022-376-7560

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「 水に纏わる暮しの道具 」

 

 

店主の純子さんに連れられて訪れた仙台のとある里山。
山に囲まれた谷間で、そこだけぽっかりと現代の喧騒から切り離されていた。
あるのは田圃と清冽な水の音、ただそれだけ。美しい場所だった。

 

少し道に迷い、偶然辿りついた睡蓮の池。
鬱蒼とした森の濃い影の下で咲く小さな白花、未草を共にしばし見つめた。
静かで何も無い、けれど良い時間だった。

 

あれから二年。純子さんは新しいことを始めていた。
お店の名前は「水の音」。

 

彼女の人生の様々な要因に導かれての流れだと思うが、
あのひと時もまたその流れに新たな一滴が注がれた瞬間だったような気がする。
水の音に耳を澄ませていた純子さんの眼差しはどこか特別な雰囲気があり、
ずっと記憶に残っていた。

 

新たなお店の名前を聞き、あの時のことを想わずにはいられなかった。
水の音と心の奥に耳を澄ませていたあの時の横顔のことをー 。

 

普段から作っている生活道具に加え台所、洗面所、風呂等
水廻りで使えるものを増やし持っていきたいと思います。
二年ぶりの仙台、楽しみです。
新しくなった「水の音」へ是非いらして下さい。
 

 

 

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告 知 02:17 -
「幸 運」

 

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壁と床の間から現れた一枚の硬貨。1954年と刻まれている。

 

この硬貨は一体どんな時代に、どんな人のポケットの中で海を渡り

どのくらいの間この暗い壁の中に閉じ込められていたのだろう。

作業中のひと時、しばし頭は小さな物語の中へ。

 

米国では、落ちている1ドル硬貨を「lucky penny」と呼び

縁起物とする風習があるそうだ。

 

新たに作る家のどこかにも忍ばせて、また見守ってもらうことに決めた。

今度はもうちょっと光の射す、息苦しくない場所に居てもらおう。

いつかまた、再び誰かが手にするその日まで。

 

 

 

 

 

 

住 処 14:03 -